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地方・小出版流通センター発行情報誌「アクセス」より

新刊ダイジェスト(2024年08月号発行分)

『中村哲 思索と行動 「ペシャワール会報」現地活動報告集成「下」2002〜2019』●中村哲 著

書影

 2023年6月に刊行された[上]の続編。[上]は1983年から2001年まで、アフガン国境の無医村と難民キャンプでハンセン病に立ち向かって苦闘する医師としての実践記録であった。[下]は2002年から凶弾に倒れる2019年12月まで、従来の医療と飲料水用の井戸掘りに加え、灌漑用水路建設という、国家規模のとてつもない大事業への挑戦の様子が事細かに報告される。

 2000年の大干ばつが活動転換の契機となった。多くの幼児が命を奪われ、牛の9割が死滅、人口の80%を占める農民は生きるすべも営々と築いてきた文化も失った。この惨状を目の前にして、農民を故郷につなぎとめ、自立した農村に回復させたいと、15年計画の水利事業「緑の大地計画」を発表。ためらうことなく行動に移した。中村医師でしかできないことである。行政や地元民との交渉、資金調達、工事と農業専門日本人スタッフの手配、設計、資機材の用意、技術者だけでなく会計担当や連絡員も置いた。山積する課題に立ち向かいながら、工事に着手。作業は連日数百名の住民が担った。この間、米軍の誤認による機銃掃射、土石流による取水口の崩壊など苦難の連続であった。それでも誰も挫けなかったのは、住民に生きる希望と、外部支援がなくても住民だけでやっていけるよう工事に土地の伝統的技法を取り入れたことで自信が芽生えたからだ。大事なのはこれからである。人種や宗教の垣根を超えて協力し、「人と人、人と自然の和解を訴え」、これからも事業を継続する。中村医師の遺志を世界は重く受け止めなければならない。(飯澤文夫)

◆2700円・A5判・454頁・忘羊社・福岡・202406刊・ISBN9784907902353

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『川と向き合う江戸時代』●渡辺尚志 著

書影

 江戸時代の百姓の営みについて、各地の農村に残る古文書をひもときながら研究を重ねてきた日本近世史の研究者がその知見を生かし、地元の千葉県松戸市内に残る古文書を丹念に読み解いてゆく。厳めしい古文書が現代語訳された途端、生々しい鮮度抜群の読み物として蘇る。著者の「松戸の江戸時代を知る」シリーズはまるで自分の住む町で現在進行中の事件を扱うルポルタージュのように読めて面白い。本書はシリーズ3作目だが、過去2作では小金町や大谷口村に住む百姓同士が助け合い、時には反目しながらも、常識的なイメージと違い一致団結して領主に対して敢然と自己主張するという、当時の百姓たちの自治や相互扶助のありようについて学んだ。

 本書では流山から松戸の最南端まで取り扱う範囲が広がり、江戸川とその東側を平行して流れる坂川の治水が中心テーマである。江戸川のような大河の治水は人の命がかかった事業だけに、当時の関係者の緊迫した様子が伝わり、読み進めるうちにぐいぐい引き込まれる。そして、治水は江戸時代だけでなく、水害の多発する現代社会につながるテーマであり、公共事業への向き合い方に対して、江戸時代の父祖たちが良いお手本を示してくれた希望の書としても読める。著者も関わりのある松戸市幸谷の関さんの森を貫通する道路開発に対して「待った」をかけた市民の記録を記した関啓子『「関さんの森」の奇跡』(新評論)と併せて読まれることをおすすめしたい。(石井一彦)

◆1200円・A5判・138頁・たけしま出版・千葉・202405刊・ISBN9784925111751

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『すこし広くなった「那覇の市場で古本屋」それから』●宇田智子 著

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 那覇の市場中央通りに「市場の古本屋ウララ」がオープンしてから13年半。店主が開店までのいきさつや沖縄の地で日々思うことな どを綴ったロングセラー『那覇の市場で古本屋 ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』出版からも11年がたった。本書はそれ以降の2016年から2024年に書かれたものをまとめたエッセイ第2弾。日本一狭い古本屋(3坪)と言われていたが、50年以上続いていた隣の洋服屋の閉店が決まり、迷った末、そこも借りることにしたため、1.5坪を合わせて4.5坪になった。

 変わったのは店の広さだけではなく、向かいの第一牧志公設市場の建替、市場中央通り第1アーケードの撤去、新型コロナウイルスの流行など、周りでいくつもの変化があった。 公設市場建替にあたり、移転も考えたが、一 部始終を見届けたいと現在地に残ったり、路地に商品を並べるなら沖縄ではアーケードが不可欠とわかり、再整備に関わったりと、精力的に活動する。小さな店が寄り集まって通りや市場ができ、時間と空間の層がよそにない価値を生み出す。そんな記録が書けたらと願い、変わりゆく環境の瞬間の動きをうまくつかまえている。洋服屋の店主に「今から50年続けるんだよ」と言われ、つまり90歳になるまで、市場ではありえない年齢ではないと意欲的。前作が韓国と台湾で翻訳されると客層もグローバル化。これからも店主ならではの眼差しで市場や本について伝え続けてほしい。(Y)

◆1800円・四六判・245頁・ボーダーインク・沖縄・202405刊・ISBN9784899824657

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『お話の小屋で 〜妖精物語集〜』●高畑吉男 著

書影

 昔々、アイルランドの田舎には「ランブリングハウス」というものがあったとか。そのままの意味でいうとただっ広い家と訳すが、そこは、野良仕事や行商を終えた人たちが集まって酒を飲んだり、カードゲームや歌、踊りを楽しむ、そんな娯楽の場所だった。そんななかでも楽しまれていたのは、暖炉を囲んでの語りたった。だから、ランブリングハウスを「お話の小屋」と呼ぶ人もいたのだ。

 本書はアイルランドの妖精たちに魅せられて40年、妖精譚収集をライフワークとしてきたという「妖精譚の語り部」たる著者が語る妖精物語集である。本書の特徴の一つと言っていいと思うが、物語の合間合間に、「ちょこっと妖精学」というコラムがあって、妖精雑学を愉しむことができる。中でも興味深く思われるのは、語られた妖精物語とあまりにも類似した日本の昔話、伝説を紹介しているところだ。例えば、『妖精に攫われた女が帰ってくる話』は、ある日フラフラと野原に出て行ったきり戻らなくなった女の話で、この物語がコラムでは日本の神隠し譚と類比され、佐々木喜善の『東奥異聞』から、梨の木の根元に草履を脱ぎ捨てたまま行方知れずとなった遠野の娘の話が抽き出されている。また『海の底にある石臼』は、弟が悪魔から手に入れた、望み通りのものを生み出す石臼を欲深い兄が無理やり手に入れるという話であるが、よく知られた日本の『海の水はなぜ塩辛い?』や『塩吹臼』といった昔話が引き合いに出されている。(N)

◆1000円・B6判・110頁・銀河企画・東京・202407刊・ISBN9784909793164

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『宮本研対話コレクション 芝居に正答はない、ただ問うのみ』●宮本新 編

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「戦後の危機の今よみがえる/戦後を代表する劇作家の肉声」──この対話集のキャッチフレーズである。確かに「戦後」は風前の灯。マスメディア総動員で事あるごとに「敵国」とみなしている中国と、明日どんぱちが始まっても不思議ではない。それも「防衛」という名の、この国からの「敵」基地攻撃を端緒として。かの国に、取り返しのつかない加害を加えてから、まだ100年も経っていないというのに…… 劇作家・宮本研の原点は、その「敵」中国にある。結果的に中国侵略の片棒を担いだ者の子息として、決して整理できないその時間をずっと曳きずりながら、「戦後」を彷徨い、この国の「近代」に劇作で挑み続けてきた。「国家」はもちろん、「歴史」や「民衆」までも疑いの目を向け、答えのない?を連発しながら。 戦後を代表する劇作家で、もう一人欠かせないのが木下順二。この二人は、劇作のスタイルも匂いも真逆だが、共通点も意外に多い。例えば宮本研の代表作の一つ『明治の柩』は、木下順二と縁の深い山本安英の「ぶどうの会」からの依頼で執筆。しかし、実は田中正造を主人公にした戯曲は、木下順二が最初に計画していたという。では、なぜ木下はやめて、宮本は書き上げたのか。そのことについても触れた二人の対談が、この本の最初に載っているが、空間や時間を超えて多角的・根源的に考えさせる。

 この二人の対談をはじめとして、多彩な演劇関係者が登場して対話する本書は、芝居の本義と価値、そして覚悟を突きつける。懐疑と批判が消えることがいかに危ういか、と。(和)

◆ 4500 円・四六判・504 頁・一葉社・東京・202408刊・ISBN9784871960946

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『特急やくも写真集』●梅田耕治 著

書影

 やくも号は山陽本線・伯備線・山陰本線を経由して、岡山と出雲市の間を結ぶ特急列車です。1972年の登場以来、伯備線を経由して瀬戸内海側と日本海側を結ぶ陰陽連絡特急として50年以上走り続けてきました。本書はそんなやくも号の走る風景を収めた写真集です。沿線の景色はもちろん風光明媚。やくも号は岡山県側では高梁川、峠を越え鳥取県に入ると日野川に沿って中国山地を駆け抜けていきます。そこでは季節ごとに里山の風景が美しく写されています。さらに日本海側には名峰大山が背後に控え、中海を望むこともできます。山陰の雪景色の中を走る姿も印象的ですね。

 そして忘れてはいけないのが歴代の車両たち。伯備線非電化時代に活躍した、懐かしのキハ181系の姿も見ることができます。それに次いで登場したのが381系電車。こちらは急カーブの多い伯備線に対応した振り子式車両。カーブでもスピードを落とさず走れる車両として40年以上やくも号として活躍した、まさにやくも号の代名詞的な車両です。381系は色のバリエーションも豊富で赤とベージュの国鉄色だけでなく、紫のスーパーやくも塗装、緑やくも塗装、白と赤のゆったりやくも塗装などがありましたが、いずれの走る姿も本書には収録されています。そして掉尾を飾るのが今春登場した273系。新しいやくも号の歴史を作っていってくれることでしょう。273系登場にあたり381系は今夏で引退となりました。本書はそれを記念する一冊でもあります。(副隊長)

◆2500円・251mm×240mm判・107頁・今井出版・鳥取・202405刊・ISBN9784866113920

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