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2010年「首都圏出版人懇談会」研修会

テーマ:電子書籍と紙の本のこれから

講師:星野渉さん(兜カ化通信社 取締役編集長)


 首都圏出版人懇談会が昨年12月10日、「電子書籍と紙の本のこれから」と題し研修会を開催。講師に兜カ化通信社・取締役編集長の星野渉氏を迎え、電子出版の現況と今後の動向について詳細かつ的確な報告が行なわれた。参加版元関係者約50名が熱心に耳を傾け盛況な研修会となった。

 まず、星野氏が電子書籍元年と言われた昨年の状況について、「新しい市場ができたという意味では良かった。が、その実態はなきに等しい。元々本好きのマスコミ人が騒ぎすぎた印象だ」と指摘。インプレスR&Dの調査によると、電子書籍市場は574億円との報告があるが、その9割がケータイ向けコミックスで、内容的には「BL(ボーイズラブ)と「TL(ティーンズラブ)」であり、文字コンテンツの流通・消費という面では、まだまだ市場が育っていないと指摘した。

 ただ電子書籍への関心が急激に沸騰したのは事実。その背景には、近年の雑誌販売の落ち込みがあったと星野氏は指摘する。雑誌媒体への広告出稿が激減するなか、「第1回アジア太平洋デジタル雑誌国際会議」が2008年11月東京で開かれ、海外出版社の先進的な取り組み事例が多々報告された。日本国内の大手出版社がこれに大きな刺激を受け、2009年には、この流れを受けて雑誌コンテンツデジタル推進コンソーシアムが活動を開始。翌年には配信の実証実験もはじまった。

アップルの『iPad』が発売、雑誌社が大いに注目

 「まず大手の営業担当者が結集し、コンテンツの権利処理や広告を入れたビジネスモデルの探求がはじまった。そこへアップルの『iPad』が発売になり、その機能性にかなりの衝撃をもって受け止められ、雑誌社が大いに注目した結果、デジタルでも儲けられると踏んだ」と星野氏。
 先例としてファッション誌『VOGUE』などがいち早くiPad対応版を出したことも後押しとなったようだ。ただ実際のビジネスの観点からすると、iPadではすべてのページを読者に見てもらえない、埋め込んだリンクを辿ってもらえない、といった課題もあり市場性の存在は認めるも「今後どうなっていくかは不透明」という。

 では何故そうした雑誌の状況を踏まえつつも、次に書籍の電子化の流れへと波及してきたのか──。実は日本ではCD−ROM出版は20年以上前からはじまっており、家電メーカー主導の端末もあった。業界では「電子文庫パブリ」を立ち上げてもいた。ただ実際商売になっておらず、ある面、防衛的な業界姿勢も見え隠れしていたのが実情だった。

 しかしグーグル、アマゾン、アップルなどの外資が米国で先行して始めていたビジネス動向や、日本の国立国会図書館の蔵書の電子化に予算が付いたことがニュースになったりと、多くの人々がメディアやネットを通じ電子書籍の動向を知るにいたり、その動きに注目が集まり一挙に国内で弾みがついた。

関係省庁が一気に調整に動く

 この状況に対応するため関係省庁が一気に調整に動いた。
 その結果として「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会(三省デジ懇)」での討議内容がまとめられ2010年6月に報告書が出た。「ものすごいペースで委員会が開かれ、白熱した議論が交わされた」と星野氏。ただしステークホルダー(利害関係者)の中に何故か取次関係者が入っていなかった。(*編集注:この三省デジ懇の討議報告書(A4判、76頁)は、総務省サイトにて公開(pdf文書)されているので未読の方はぜひ一読されることをお勧めする)。
 さらに総務省、文部科学省、経済産業省が個々に関連する事項に関して検討・討議を重ねており、今年度中には具体的な方針が決まる手はずとなっている。

日本雑誌協会が「デジタル雑誌配信権利処理ガイドライン」を公開

 一方、業界に目を転ずると、著作者との契約に関しては、すでに日本雑誌協会が「デジタル雑誌配信権利処理ガイドライン」を公開。クリエイターからの権利譲渡に踏み込んだ内容となっている。また日本書籍出版協会が電子出版に対応した「出版契約書ヒナ型」を作成しサイトで公開している。「出版データは出版社に帰属すると明記。自分たちがしっかり管理していこうという意志の表明だ」と星野氏は指摘する。

 印刷業界では、30年前から制作過程の電子化が実現していおり、じつはいつでも電子出版が可能な体勢だ。軸となっている大日本印刷と凸版印刷は協調してい動いている模様で環境は早急に整うとの見方が強いという。

複数の事業モデルが目白押し

 事実昨年秋から年末にかけて、シャープが「ガラパゴス」、ソニーも「Reader」を国内投入し端末発売と同時に配信サービスを開始した。出版業界でも角川グループが「BOOK☆WALKER」、紀伊國屋書店が「BookWebPlus」として配信サイトを立ち上げた。今後も家電メーカー、印刷会社、携帯電話会社、新聞社なども絡んで複数の事業モデルが目白押しだ。

 かたやGoogleが「Googleエディション」を今後開始する予定で、どうやらこれがクラウド型サービスとなる模様で、読者の立場からすると端末に限定されない閲覧が可能という点で大きなメリットになりそうだ。アマゾンも「キンドル」でさらなる追撃は確実、アップルも絡んで外資勢力は厚い。

 これまで述べてきたように今後、電子書籍の制作から権利処理、販売チャンネルの拡充が整うのは確実で、昨年は10万ダウンロードを達成した『もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)や、電子版先行で話題となり後に紙版も出た『世界で一番美しい元素図鑑』(創元社)など活況への兆しはあった。

 しかし実際のところ出版社の立場からすると、現状をどう冷静に判断したらよういのだろうか。星野氏はこう指摘する。
 「確かに万単位を超えるダウンロード数を上げた商品もあるが、多くはほとんど売れていない。書き手の反応にも落差があり、出版社とともに進めたい穏健派から、作家自ら配信サイトを立ち上げるケースまである。ジャンルで言えばビジネス書の書き手は、電子書籍の取り組みに積極的」と。

出版社には実務面や制作面で悩み

 出版社の悩みとしては、電子書籍は実売カウントによる印税支払いが原則なのでシステム化されていない現状では手計算となりそれが煩雑のようだ。また商品管理コードも別途必要で商品マスタをどう作ったらよいのかも手探り状態のようだ。
 制作面では、どのファイルフォーマットで最終ファイルを保存しておけばよいのかという問題がある。読者の閲覧用フォーマットとしては、「ドットブック」「XMDF」「EPUB」「PDF」のほか、「キンドル」などの独自フォーマットも含め多様にあるが、現在討議中の中間(交換)フォーマットさえ決まれば、それを介してどのフォーマットにもマルチ展開(変換)できるようになると言われているが、この点はいまだ確定的な事項とはなっていない。出版社としては、早く決めてほしいというのが本音だろう。

 著者との契約も慎重にする必要がある。例えば書協のヒナ型を慣用して一旦契約すると、電子版を出す義務を負う。「電子版を出すつもりがないのなら、その条項を外すほうがよいだろう」と星野氏はアドバイスする。

 校了済みデータの管理も問題となろう。だれがどのようにやるのか。点数が多くなればコストもかかる。さらに写真や動画などを使った「リッチコンテンツ」作成には自社でノウハウがなければ外注することになり、これもコスト高になり出版社にとってはけっこうハードルが高い。

単に電子に置き換えたのでは売れない。ニーズが変化を誘う

 では今後、出版社がすすむべき道というのはどのように開かれているのだろうか。星野氏は以下のように指摘する。
 「単に電子に置き換えたのでは売れない。例えば辞書や地図は検索の実用性が着目されいち早く成功を収めた。なので使用価値というかニーズが変化を誘う。その意味では文字中心の小説などは違う世界だ。こうしたジャンルでは普及に相当の時間がかかるだろう」

 さらに米国ミシガン大学での図書購入例を紹介。同大学では目的の出版物は、まず電子出版物から購入され、電子版がなければ紙版の購入となるそうだ。この例からも分かるとおり、日本でも大学や公共図書館向けの「BtoB」から電子出版物の普及がすすむのではないかと言う。事実、大日本印刷はすでに電子図書館ビジネスに着手しており、この流れは確実にくると星野氏。学術・専門書分野の出版社は、そろそろ具体的な対応を取る時期にきているようだ。

 最後に電子出版における「出版者」の役割について星野氏が持論を展開。
 「電子化されても出版者の役割はなくならない。ただし歴史をみれば明らかなように明治以降、出版は活況を呈し製作も流通も大きく変化し今に至っている。今こそ基本に戻り、読者が利用しやすいように作品を商品化し、購入しやすい方法で販売し、読者に伝えていくことが大事。これを実現したものが次代の出版を担う。その意味から出版の担い手は変化していくだろう。付言すれば編集はもっと面白がって本をつくるべきだし、出版者はマーケティング力をもっと磨く必要があると感じている」
(了)

(講演まとめ:えびすまさのり・フリーライター)

なお、この講演内容は弊社発行の情報誌「アクセス」(月刊・年間購読料1500円)の2011年4月号に掲載予定です。ご質問等下記までお願いします。

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